竹野内豊の繊細さ、山田孝之の狂気が光る『唄う六人の女』から自然との向き合い方を考える
人知を超えたものと、どう対話すべきか? 『唄う六人の女』が10月27日公開。
正反対の性格の男性2人が、迷い込んだ森の中で、不思議な六人の女性たちと出会う『唄う六人の女』が、10月27日より公開。
妖艶な女性たちの存在から、人間の領域を超えたものと共存する在り方を考えてみましょう。
■遺された山をめぐり
10月27日公開の『唄う六人の女』は、竹野内豊さん演じるフォトグラファー、萱島森一郎が、40年以上会っていなかった父の訃報を受けるところから幕を開けるサスペンス。
父の遺した山を処分しようと、萱島は生家へ向かい、その山を買いに来た開発業者の下請け、宇和島凌(山田孝之さん)と出会います。手続きをすませた2人は、山を下りるのですが、その途中で乗っていた車が事故に遭い、気を失ってしまい…?
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■出会う美しい女たち
目を覚ました2人でしたが、縄で体が縛られ、身動きできない状態に。その視界に入ってきたのは、古い生活様式で暮らす物言わぬ女たちでした。
つまり監禁されていた2人は、そこから逃げ出そうとしますが、なかなか思うようにいきません。次第に、この監禁には何か意味があると感じ、女たちと対話を試みようとする萱島、苛立ちを募らせ、暴力に訴える宇和島と、2人の態度は分かれていきます。
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■いつか呼吸を止めるなら
監禁という同じ状況ながら、謎の女たちへの接し方が、2人ともはっきり違うのが興味深いといえるでしょう。謎めいたもの、見知らぬものに対して、人間がまず抱くのは恐怖ですが、そこから歩み寄るか、拒絶するかは、その人次第です。それぞれの向き合い方が、正しいか間違っているかよりも、生きとし生けるものはいつか必ず呼吸を止めるなら、向き合い方次第で、生きた意味が変わってくるといえます。
繊細な竹野内さんと、対照的にじりじりと狂気を帯びていく山田さんの表情変化は、見事な対比。最後、2人は女たちの監禁から、逃れられるのでしょうか?
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『唄う六人の女』
10/27(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー
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(文/fumumu編集部・尾藤 もあ)