『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』願いを込めた90分

劇団四季『The Bridge ~歌の架け橋~』、福岡公演開幕間近! その後全国公演へ!

ブリッジ
(撮影:荒井健)

今年2021年で創立68周年を迎える劇団四季。本来なら、昨年2020年7月の予定だった新劇場、JR東日本四季劇場[春]の開場が、新型コロナウィルスの影響で延期となっていました。

こうしたライブが醍醐味のエンタテイメント業界が受けたダメージは、計りしれません。それでも日本が誇る老舗劇団は、これまでの作品の中から名曲を選りすぐり、『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』として再構成、1本の作品に仕上げました。

同作は、1月にJR東日本四季劇場[春]のこけら落としとして開幕、3月14日からは福岡、4月16日からは全国公演が決定しています。

「架け橋」という名の本作に込められた、劇団四季の希望を紐解いてみましょう。


■はじまりは1953年

劇団四季は、1953年に、当時慶應義塾大学の学生だった浅利慶太さんらを中心にした10人によって結成されました。

劇団の総合演出を手がけていたのが、浅利さん。その後、浅利さんは、劇団の専用劇場を持ち、ロングラン公演を実現させるなど、演劇界に革新的な方法を持ち込んだ実業家としても名を馳せます。


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■『ハングリー・キャッツ』

そして1983年、劇団四季は西新宿に建設したテント式仮設劇場「キャッツ・シアター」で、『キャッツ』を初演。その初演プログラムの中に掲載された、一編の詩『ハングリー・キャッツ』があります。

これは、詩人・吉原幸子さんが書いたもの。吉原さんは、創立直後の劇団四季に参加し、俳優として舞台に立っていました。

「みんな 飢えていた(中略)/からだ中の血が 飢えていたのだ」

戦後間もない焼け野原の日本で、浅利さんらが四季を立ち上げた当時の様子や心意気が、短い言葉でしっかりと伝わります。

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