cocoのLGBT迷子中:17歳。親を許す、ということ

親に虐待を受けても、許すことで立ち直れる。

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今回は、時間を少し戻し、私が高校を中退したころの話をしたいと思います。

一般的に心理学では「母親との関係性が人格形成に大きな影響を与える」と言われていますが、高校を中退した私の家庭環境は劣悪で、虐待を受けた過去もあったのです。


■子供は親の所有物ではない

私の両親はどちらかというと過保護で、いつまでたっても子離れできない、「自分の子供は自分の所有物」と思っているタイプの人間でした。

特に母はその傾向が強く、自分の希望通りに育たない私を非難するのが日常でした。「世間様に顔向けできない」「恥ずかしい」といつも何かに悲観的で、私が高校を中退してからは毎日のようになじるのが生きがいになっているようでした。

「あんたなんか産まなきゃよかった」と母に言われたのは私が中学2年生のときでしたが、思えば(私だって生まれたくなかったよ)と思ったその頃から、私は親離れを始めていたのかもしれません。

いずれにせよ、親の所有物でいるのはまっぴらごめん、さっさと家を出て自活しよう! という思いはどんどん強くなっていきました。


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■虐待を受けた子供

父は父で、私が小学校低学年のころは殴る蹴るの虐待が日常茶飯事でした。父と兄は、私が幼い頃の数年間、私に暴力を振るい、泣いて叫んでも許してはくれませんでした。

そしてそんな時、母は、助けてくれるわけでもなく、見て見ぬ振りをしていました。思えば、その頃から、家庭は崩壊していたのかもしれません。

私は、虐待を受けながら「自分さえ耐えていれば、それでみんなが幸せなんだ」と思い込んでいました。「自分が家族の悲しみや怒りをスポンジのように吸収していれば、それでいい」と思っていました。

子供は、親に嫌われたら生きていくことはできません。だから、どんなにひどいことをされても、親のことは嫌いになれません。

学校にも家にも自分の居場所がなくて家出をした私は、14歳でようやく、ほかの誰でもない、自分自身でいられる第3の居場所を見つけたのです。

■傷を癒やすには”許すこと”

第3の場所が見つかり、親の所有から離れることは、私を自由にしました。

一時は、親を殺したいと思うほど憎んだ時期もありましたが、恨みつらみを持ったまま生きていくのは、それもそれで辛いものでした。

その時読んでいた本に、山田詠美さんの「風葬の教室」という作品があります。

「いじめに遭っている主人公が、自殺を考えるほど追い詰められるが、頭の中で自分をいじめている人たちを殺すことで精神のバランスをとる」といった内容で、私は読んだ時、「そんな方法もあるのか!」といたく感動しました。

本を真似して「自分も、親や自分をいじめた人を頭の中で殺してみようか」と挑戦しましたが、私には、例え頭のなかででも、誰かを殺すことはできませんでした。

代わりに、なぜか、「許そう」と思いました。

憎いとか許せないとか、そういう負の感情をいつまでも持っていると、それが執着となって自分を苦しめている。ならば、その気持ちを手放そう。

大嫌いだった親を許すことができた時、私は完全に親離れできたと感じました。

そして、17歳で一人暮らしを始めて以降、5年ほど、実家に帰ることはありませんでした。

5年間家に帰らなかったことで、ようやく、親も私から子離れできたようでした。

近づきすぎると喧嘩になってしまうから、そのくらいの距離感が私たち親子にはちょうどよかったのかもしれません。

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(文/fumumu編集部・coco)

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