cocoのLGBT迷子中:母親から言われた「あんたなんか産まなきゃよかった」

幼少期の母親との関係はLGBTに影響するか?

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私が中学生のころ、毎晩毎晩男の子たちから自宅に電話がかかってきて、ノイローゼ気味になった母親に「あんたなんか産まなきゃよかった」と言われた、というお話は、この連載でも既にさせていただきましたが、今回は、そんな母親との関係について、思い返してみたいと思います。

■「あんたなんか産まなきゃよかった」

これは、相当威力のある言葉だと思います。自分を生んだ母親に「産まなきゃよかった」と言われる、ということは、私自身の存在を全否定されるということです。

自分の存在をあるがままに受け入れてくれる、無償の愛を注いでくれる存在、それが「母親」だと思っていましたが、どうやらこの時期の私の母は、そういう精神状態にはなかったようでした。

「この時期の母親は」と私自身が言えるのは、私の物心がついた2歳や3歳といった幼少期に、間違いなく、母親から無償の愛を感じて生きていた、という記憶があるからです。

「いつも虐待を受けていた、だから、その母親のことを嫌いになれなくて擁護している」というパターンではなく、私は確かに母に愛されて育ちました。

しかし、自分が「女性として」成長していくにつれ、母親から「ある種、特別な感情を抱かれている」と感じていたのも事実です。

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■性の目覚め

この連載の1回目で、「幼い頃から男性に恐怖を抱く経験が少なからずあった」とお話ししましたが、中学生よりもっと前の、5~6歳の頃から、私は男性から性的な目で見られている、という自覚がありました。

幼稚園児の頃は、周りにいる「大きなお兄ちゃん」たちに対して、ただ「かわいいと褒めてくれたり、抱っこして遊んでくれたり、お菓子をくれたりする、優しい大人」といった認識しかありませんでした。

でも、5~6歳を過ぎたあたりから、私の頭を撫でるその手つきや、うっとりと見つめてくる眼差しに、いわゆる「普通の大人たちとは違う」ニュアンスを感じ取っていました。

それが性的なものだということにはまだ気づけませんでしたが、なんとなく、その優しい眼差しや手つきに、あそこの奥が疼くような感じはありました。体の奥がなんとなく、もぞもぞする感じ。

なんだか変な感じはするけど、他の誰かに言うほどのことでもない…そう思って、私は誰にもそのことを言わず、ずっと胸に秘めていました。


■母と娘のライバル関係

その頃から、幼稚園の帰りに、よく見かけるおじさんやお兄さんがいました。そして、男性からのいたずら電話は、この頃から頻繁にあったようでした。

私が、幼いながらに周りの男性から性的な目で見られるようになった頃から、自分が性的な…つまり「メス」として、母親からライバル視されているのを感じ取るようになっていました。と当時に、ほのかな優越感も正直感じました。

これは、とても不思議な感覚でした。理屈ではなく、母親や子供といった関係性でもなく、ただ本能的なものでした。

この、母親からのライバル視は、私が成長するにつれ、強く感じるようになっていました。

そして私が初潮を迎え、中学に上がり、拉致未遂にあったりいたずら電話が毎日かかったりしていた頃に、ピークを迎えたのだと思います。

その結果が、「あんたなんか産まなきゃよかった」という、あの一言だったと思うのです。

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(文/fumumu編集部・coco)

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